月下の水晶に映る影
森の奥、霧の深い小さな村に、一人の占い師が住んでいた。
名は セラフィナ。
赤いスカーフを頭にまとい、紺色のショールを肩にかけたその姿は、村人から「月の巫女」とも呼ばれていた。
彼女の小屋には、旅人や村人が絶えず訪れた。ある者は恋の行方を、ある者は家族の無事を、ある者は自分の未来を求めて。
セラフィナは彼らを静かに迎え、深い瞳で見つめると、机の上の水晶に手をかざした。
ある夜、嵐に濡れた若者が駆け込んできた。
「占い師様、教えてください。私は明日、戦に駆り出されます。生きて帰れるのでしょうか?」
セラフィナは黙って彼を座らせ、水晶の中を覗き込む。
その光の中に、剣を掲げる彼の姿と、血に染まる荒野が映った。
そして、背後で泣き崩れる少女の影も。
彼女は長い沈黙ののち、静かに口を開いた。
「あなたの未来には二つの道が見える。ひとつは、勇気を盾に進み、傷を負いながらも帰還する道。もうひとつは、恐れに飲まれ、仲間を見捨てて心を失う道。」
若者は怯えたように問う。
「どちらを選べば、生き延びられるのですか?」
セラフィナは水晶から目を離し、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「未来は決まっていない。選ぶのは、あなたの心。私の言葉は道を示すだけ。歩くのは、あなた自身。」
若者はやがて深くうなずき、震える手を強く握りしめた。
「……ありがとうございます。必ず帰ってきます。」
嵐の夜、彼は旅立った。
その背を見送りながら、セラフィナはひとりつぶやいた。
「運命は石に刻まれたものではない。だが、心の弱さは人を滅ぼす……。どうか、己を見失うことなく――」
水晶は静かに光を放ち、月の光が小屋を照らしていた。
*この話はフィクションであり、実際のことがらではありません。